神崎美柚のブログ

まあ、日々のことを書きます。

ボーカロイド学園 第5話「カイトとメイコと」

 吹奏楽部、県大会にも行けず。それは私にとってとてもショックだった。
 幼い頃から多忙な両親に褒めてもらうべく磨き上げた私の音感が崩れるような音さえした。
「先生、大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・。大丈夫よ」
 吹奏楽部の部員も泣いている。この弱小部を立ち直らせてみせると校長に宣言したというのに・・・このザマだ。カイトにも笑われてしまう。
 私がいた頃は、全国大会金賞常連さんだった。そう、私を指導してくれた素晴らしい先生がいたからだ。でもあの先生はもういない。私が卒業して数年後、事故で亡くなられた。そのあとからこの学園の吹奏楽部はめちゃくちゃになってしまった。
「めーちゃん、大丈夫?テトが待ってるよ」
「あ、そう?今行くから」
「やっぱりショックなんでしょ?昔みたいな栄光がなくて」
「・・・分かる?私は最高に仕上げたつもりなんだけどね、あの時の演奏に届いていない。いや、届かないのよ永久に」
「そんなことないよ!皆がこの学園を恐れてレベルを上げただけだよ!」
 確かにそうかもしれない。私がいた頃も年々、楽譜のレベルが上がり練習量は増え続けた。そうでもしないとほかの学校が真似してくるといつも言っていた。
 テトのところに着くと、少しイライラしていた。
 重音テト、32歳。私たちの幼馴染。自称ミュージシャンというニート。でも車の運転はピカイチで何かあるたび送ってもらっている。
「遅いよ、Uの練習があるというのに」
「ごめんね」
「あれぐらいでくよくよしててもダメだよ。来年のこととか文化祭のこと考えなくちゃ」
「そうだよね」
 テトはUというバンドのドラムを担当している。(テトは音痴)そのうちメジャーデビューする気らしいが、数年は無理な話だ。
「そういえば来月ライブをするけど、来る?たまにはがくぽも」
「うーん・・・この日は無理かもね」
「確かに補習日だよ」
「アイツ卒業する気あんの?信じられないよ。カイトが当たり棒のアイスをなかなか当てないのと同じくらいにね」
 テトの言うとおり、彼は一向に卒業しない。そればかりか、剣道にのめりこんでいっている。馬鹿だと思う。
「まあ、いいや。チケット2枚渡しておくね。このライブのあとは飲もうよ」
「ありがとう!」

 拙者、神威がくぽは悩んでいた。目の前の少女による誘惑に。
「ねえ、卒業試験楽にしてあげようか?」
「なんでござるか?いきなり。制服を見る限り、中等部のようだが・・・」
「じれったいなあ、がくぽさん。いいじゃん。楽になったほうが」
「・・・・・・」
 ここに入学して16年、メイコに頼り、居続けた。そろそろ卒業しようと思ったらこの子は何を・・・。
「メイコを裏切る気はないのでござるが・・・もう少し待ってはくれぬか?」
「ふーん。あんな先生が好きなんだね。すごいスタイルいいよね!私、憧れちゃう!」
 その子は名乗りもせず去って行った。

 8月。猛暑が続き、私は連日かき氷と冷やし中華とそうめんとアイスばかり食べていた。17日、そうライブの日。ほかのメンバーのうち、1人が健音テイという名の女子高生のため、午後2時から始まり午後5時に終わる。そこそこ人気なのは彼女が可愛いからだ。
「テト、行こうか」
「うん」
 テトはニートで、しかも社会適応力0なので同居している。(テトの母親や欲音ルコというUのバンドメンバーにも強くすすめられたというのもあるけどね)
「やあ」
「カイト、なあにそのマフラー。暑苦しいわねえ」
「それがカイトのイメージじゃん。メイコこそ随分と派手じゃないか」
「そお?」
 まあ、ミニスカにタンクトップじゃそう言われても仕方ないか。
 ライブ会場は小さな場所。ルコが経営しているお店。
「カイト様~!」
「うわ、テイさん」
「ねえ、レンくんの最新プロマイド持ってきた?早く見せてよお」
 レンくんが好きだというこの子は高校生なのに高校にいる男子には興味がないと言う。この子も学園の高等部の子だが、ルカとは全く違い、恋愛好き。でもいつも学期末にはA組にいる。
「ふふ♪」
「相変わらずだねえ、テイは」
「CULこそ、好きな人いないの?」
 Uのメンバーでギター担当のCULはプライバシーの侵害だとか言って本名を明かそうとしない。
「そろそろ準備始めるから、席に行ってて」
「ええ、分かったわ」

 ライブは最高だった。途中、テトが投げキッスをして周りの空気が凍りついたけど、テイの投げキッスでテンションはまた元に戻った。
「なんで私のはダメなの?」
「そりゃあ、三十路だからね。じゃ私は帰るよ。カイトさん!また写真よろしくね!」
「・・・若いっていいなあ」
 ここからグチりタイムを居酒屋でする。テトは残念ながら運転するのでおつまみを食べながら。
「私もね、吹奏楽の指揮のためにずっと立つじゃない?そしたらもう腰とか痛くて・・・」
「だよね~・・・。もしデビューするじゃん?そしたら絶対腰痛とかでるよね」
「うんうん」
「僕にはよくわかんないなあ」
「あんた年中アイス食べているから骨まで溶けたんじゃないの?」
「え」
 私はビール3杯、日本酒5杯頼んだ。
「よく呑むよね、メイコ」
「あはは、そうかしら?がくぽが飲みたがってたけど」
「あいつは学生でいる限り呑むべきでないね」
「僕的にはかわいそうだな」
「そお?あんな奴ほっときゃあいいのよ」
「少し酒回った?」
「そんなことはないけど?」
 心配そうにカイトが見つめてくる。
「やだあ、見つめないでよ。照れちゃうじゃん」
「本当に、大丈夫?」
「ちょっとトイレに行ってくるけど、酒飲みすぎないでよ」
 テトに注意されなくてもわかってる。今日はまだあまり飲んでない。
「そういえばさ、カイト」
「ん?」
「むかあしさ、がくぽと一緒にラブレターくれたよね」
「げほっ」
 喉を詰まらせるカイト。んもう、照れ屋さん!
「あの返事、しようかなあと思うの」
「え?僕もう忘れてたよ」
「好きだよ、カイト」
 カイトが顔を真っ赤にして俯く。と、そこにテトが帰ってきた。
「お熱いねえ、お二人さん」
「やだあ、テト。あなたもがくぽとラブラブでしょ?」
「はあ!?」
 相変わらずカイトは顔を真っ赤にしていた。

 あのあと、カイトと付き合いだした。でも、結婚はするならがくぽの卒業後、話し合ってしようということになった。