神崎美柚のブログ

まあ、日々のことを書きます。

女戦士と猫 第五話「想い」

 昨日、朝早くにアランとルゥが出て行った。徹夜して待ったけれど、戻らなかった。
 ──私は、アランの事が好きなんだと思う。アランが孤児院に私と共に送られた理由を作ったのが例え私でも、その想いは変えれない。変えたくてももう無理なのだ。
 あいつらが私に内緒で秘密のお仕事をしているのはよく分かった。だからこそ、私はついついカッとなってしまうのだ。
 言ってくれないのはなぜだろうか。私が原因だと理解しているのだろうか。嫌われてしまったのだろうか。
 ──ああ、そのどちらとも違って欲しい。
 扉が開く音がして、私は笑顔になった。

「ただいま」
「あ、フィーナ。お帰りなさい。どう? 訓練の方は」
「お父さんみたいに段々上手くなってきたかも。わざわざ訓練につきあってくれてありがとう」
「え? うん」
「アランたち帰ってきてないんでしょ? 心配じゃないかなあって」
「……そうだね」
「私はよく留守番していたから平気だけど、カナは昨日から元気なさそうだし」

 凄い。フィーナにもう見抜かれた。5日目にして私のことを見抜けてしまうなんて。
 素直に驚いていると、扉がまた開いた。──あれは、大臣?

「レーナ姫がいなくなりました。ルゥさんとアランさんが必死に捜索していますが……その」
「……レーナ姫がいなくなったのを私の時と同じように? 」
「え、まあ、はい。迷惑かけるかもしれないがフィーナをよろしく、と」
「──私はダメなの? 」
「またいなくなられたら困ると」
「分かった」

 私は顔なじみのその大臣を見送る。私が幼い頃、行方不明になってしまった時もアランたちに迷惑をかけてしまった。そのあとだった。私とアランが孤児院に送られてしまったのは。
 ──過去を振り返ってくよくよしていられない。今は目の前のことに集中しないと。

「ねえ、フィーナ。これから街をうろうろしてみない? 崩壊しているけど、少しは気分転換しようよ」
「うん」

 このシリウスさんの家は崩壊寸前だったが、男数人がかりで修復したのだ。しかし、周りはほとんど修復されていない。
 家から出ると、この都市を囲む城壁がはっきりと見える。かなり遠い場所にあるのに、見えてしまうのだ。
 フィーナも城壁だけ立派に存在することに疑問を抱いたのか、私に質問してきた。

「城壁だけ、見事だね」
「うん……。シェリア様が、あそこだけは立派にしておかないと意味がない、と仰られて。男性数十人で修復したの。数人が倒れたらシェリア様は見捨てた。その人をお付きの者に捨てさせて……。本当に恐怖の存在だよ、あの人は」
「……私の村は村長が変だった。私の両親が村に現れてから、やたらとお金を両親に回しだしたの。私が幼い頃は村でも一番の豪邸に住んでいて、しかもなぜかお父さんと村長はよく喧嘩していた。私はお父さん譲りの力でみんなの人気者でいじめはなかったけど、村長はひどかった。最期はああなっちゃうし」

 フィーナの両親。私の予想が正しければあの二人だろう。笑ったときの可愛い顔は母親似。顔には合わないぐらいの怪力は父親似。戦闘力は戦士だったという父親似。
 ……もし、フィーナが将来的に両親の事を知ったらどうなるのだろう。両親の立派さを素直に凄いと思うのか、それとも何故異界にいったのかと思うのか。
 ──いけない、いけない。今は散策をしないと。
 私はフィーナの手を掴んで、南へと進む。一番崩壊が凄まじい所で、ノワール孤児院のあった所。ここは孤児院を建てたノワールが救う前は貧乏な人々が暮らしていた貧困地域。国が救われたら、ここをぜひ一番に修復して欲しい。

「ここは? 」
「私やアラン、ルゥの思い出の場所。もう瓦礫もないけれど、ここにはね大きな孤児院があったの。そこでたくさんの貧しい子供達や孤児が住んでいたわけ。私達もそうだから」
「すごい見事に破壊し尽くされているね……」
「うん……。遺体すら見つからなかった。たくさんいた子供達の遺体も、施設長のノワール様の遺体も。──多分亡くなっているけれど、証拠はないの。全て破壊されたから」
「そんな……」
「王宮の周辺にあった訓練所や寮もかなり破壊されてしまっていて……。早く解決しないと大変なんだよね」
「犯人は? 」
「魔王と呼ばれる謎の大男。凄い怪力で、建物を破壊していくわけ。怖かったわ」
「……私の村は一瞬で壊れたから、怖さなんて感じなかった。気づいたら誰もいなかった」

 そりゃそうだろう。フィーナの母親の魔法を侮ってはいけない。何度もその魔法であちこち壊されてしまったのだから。
 私達はお昼になり、酒場に向かった。この辺りで唯一残る娯楽施設。昼間は王宮に仕えていた女達が占拠しており、安全。

「シューおばさん、サンドウィッチちょうだい。二個ね」
「はいはい。おや、その子」
「フィーナです。よろしくお願いします」
「誰かさんにそっくりだねえ。まあ、ゆっくりしていきな」

 この酒場を経営するシューおばさんことシュー=ヴェロニカ。私は料理が出来ないので、このおばさんにお世話になりっぱなしである。(フィーナは料理が出来るらしく、ここ数日は自炊していた)
 亡くなる前料理を担当していたシリウスさんは、食料を提供してもらっていた。このおばさんは貴族の端くれのため、食料を安定して手に入れることができるそう。
 夜は王宮の男どもが一日の疲れを癒しに、平均して5杯ぐらい酒を飲みにくる。そのため、夜は近づいたら危険きわまりない。
 運ばれてきたサンドウィッチにフィーナが早速かぶりつく。

「美味しい! 」
「そうかい、そうかい。飲み物はそこから自由に取っていいからね」
「はい」

 おばさんが私を手招きして呼んでいる。やはり、フィーナのことだろう。
 私はサンドウィッチを置いて店の奥に入った。

「あの子、絶対あの二人の子供だろう!? どこから誰が連れてきたんだい? 」
「おばさん、落ち着いて。ルゥがね、これだと手が足りないから異界にでも行ってスカウトしてこようよ、と提案したの。私やアランはそれならルゥが行ってきたら、ってルゥに任せたわけ。そして連れて帰ってきたのがフィーナなわけ。スカウトしたのは胸がでかいからってルゥは言っていたけれど……」
「へぇ。変態だけれども、ルゥは賢くて真面目だからねえ……わざとだよ、きっと。フィーナには希望を抱いたんだろうさ。あの二人によく似たフィーナならばこの国を救ってくれるってね」
「そうかもしれない……」

 私は笑顔でサンドウィッチを頬張るフィーナをガラス越しに見る。周りの人達もヒソヒソと話している。
 ここには王宮に仕えていて、あの日生き残った女性達がいる。男性よりかは二人を直接見る機会など少なかっただろう。でも、二人は戦地に行かないときは王宮の中を闊歩していたはず。それに、お世話を担当していたメイドがいてもおかしくはない。
 つまり、フィーナ自身に両親の秘密が暴かれるのも時間の問題というわけだ。

「フィーナ自身は両親の事、どう聞いて育ったんだろうねえ」
「お父さんは昔戦士だったと聞いたことがある、と本人は言っていたけど……。お母さんの話はあまりしてないよ」
「さっきもそうだね。サンドウィッチの感想が美味しい、の一言。お母さんのサンドウィッチと比較した言葉がなかった。フィーナのお母さんは魔法使いでありながら、料理が凄い上手だったから皆によく振る舞っていた。私も彼女に教えてもらったさ。──とびっきり美味しいサンドウィッチの、作り方を」
「……それじゃあ」
「ああ。具材も彼女のレシピどおりさ。なのに、フィーナは分からなかった。確かに、戦地と違って平和な村では簡単に作れる料理よりも凝った料理が作りたいのは分かるよ。でも、平和な村で、家族と一緒にピクニックというシュチュエーションに憧れていたんだよ? サンドウィッチは必ず作るだろう」

 私はフィーナから聞いた断片的な情報をおばさんに言おうか悩んでいた。ほぼ年中戦っていた魔法使いの彼女が夢見た平和な村で家族と暮らすこと。そして、ピクニックをすること。
 でも、そんなのとはかけ離れた生活。フィーナがしゃべっていたことをまとめるならば、彼女は豪邸を手に入れ家族で裕福な生活をしていた。彼女の夫は村長といつも喧嘩ばかり。憧れていたピクニックをする余裕なんてない。疲れ果てた彼女が、いつもの魔法で──。
 私が物思いにふけっていると、おばさんがとあることを聞いてきた。

「フィーナや両親にとってその村での生活は幸せだったのかしらね? 」