神崎美柚のブログ

まあ、日々のことを書きます。

女戦士と猫 第四話「レーナ姫」

 翌朝。カナお手製の朝食を食べる。シリウスさんには劣るが、やはり最高だ。

「あれ? フィーナは? 」
「あんた達と違って本当に真面目よ。戦士用の剣を持って特訓しているのよ。なんでもお父さんが戦士だったらしくて」
「胸がでかいだけのがさつ女か……」
「こっちを見るな! 」

 ぽかりと殴られた。
 朝食を食べ終え、アランと共にあの廃墟──訓練所に向かう。多くの仲間が命を落とした廃墟に。

「ここって、片づけないのか? 」
「まさか。魔王を倒したら片づけるよ。それまでに、シリウスさんの遺品とか仲間の遺品を見つけないとね」
「……だな」

 あの日、命からがら逃げ出した。訓練中の地下から這って出た。途中で何人もはぐれた。──シリウスさんのお家にたどり着いた時には、8人になっていた。
 その後、シリウスさんが殺されると次々と仲間はいなくなった。恐らく怖がったのだろう。余生は田舎で過ごそうと思ったのか、4人はいなくなった。
 結局、3人になってしまったのだ。
 ここは実に久し振りだが、遺品はいくつか残っていてもおかしくはない。

「おい、これ」
「──日記だ」

 シリウスさんの日記。何冊もある。主にカナについて書かれており、やはりそこはお姉さんなんだなあと思う。
 他にも、ここで命を落とした仲間の骨があった。いくつか絵もあった。──絵が大好きな魔法使い、ヴィクソンの物だろう。

「おい、ヴィクソンの日記もあるぞ」
「は? 」

 ヴィクソンと言えば、無口で無表情。シリウスさんも扱いに困るほどだったが、ここの施設では一番早く魔法使いになった。あの日は魔法使いとして魔法使い候補生に色々と教えていた。
『今日はレーナの誕生日だ。数ヶ月前から描いていた絵をプレゼントしよう。きっと喜ぶだろう。』
『レーナの反応はとても良いものだった。帰り際には、お兄様、また帰ってきてとせがまれてしまった。いやはや、本当に可愛い妹だ。』
『久し振りに父上と会い、相談をした。このままここで魔法使いの先生をするのか、実家に戻って補佐をするのか。絵を描くためならば後者の方が良いかもしれないが、やはり魔法使いとして大成したいものだ。父上とレーナには謝った。心の底から謝った。』
 日記はここで終わっていた。レーナ……。ヴィクソンは、あのレーナ姫の兄なのか!?

「なあ、ヴィクソンの身分は知っているか」
「さあ? 食事はやたら丁寧に食べていたから貴族だろうな」
「──ヴィクソン=ウオルタード」
「……」

 アランが黙り込む。いくらバカなアランでも、ウオルタード家については詳しい。
 常にスキャンダラスな話題が尽きないウオルタード家当主の姉・シェリア。彼女のせいでかなり存在感が薄いが、当主は一応この国を治めている。
 特に当主の娘、通称レーナ姫は10歳ながら、その美貌で既にたくさんの男性から言い寄られているという。そのため、当主は心配してレーナ姫の肖像画を公にはしていない。

「ほほう。ヴィクソンの日記か……」
「あ、ディオンテさん」
「レーナ姫はずっと泣いてばかりだ。やはり、兄が帰ってこないのがショックなんだろうな。私が毎日大臣に言われて見に行くのだが、お兄様以外とは会いたくない、と冷たく言われる日々だ」
「……これを、渡せばどうにかなりますよね」
「いや。幼いレーナ姫にはキツいだろう。レーナ姫は兄が生きているものだと信じている。あの日、地下から這い出ることも出来ず、無惨にも殺された兄のことを、な……」
「地下ならば安全だと言っていたのは施設長です。あなたの部下ですよ」
「──私も共犯者ということか」
「いえ、あなたは悪くありません。魔王が強すぎただけなのです」
「……そうだな」

 隊長、アランと共に向かったのはレーナ姫もいるお屋敷。アランはげっ、という顔をした。その豪勢さ──ではなく、あまりのボロさに驚いたのだ。
 避難の為とは言え、まだマシなところを探すべきだろう。貴族──ましてや、この国を治める者なのだから。

「シェリアがワガママだからな。仕方なく、我々がこちらに住んでいるわけだ」
「シェリアの息子であるあの王子は? 」
「当然ここに住んでいる。シェリアと一緒にいたくないらしい」

 酒場に王宮の人間が集まっていた理由がよく分かった。シェリアのワガママで、王様らが追いやられたのだ。当然、王様を慕う彼らはシェリアの元から離れて王様のお屋敷に住まうだろう。彼らは魔王を倒すまでの仮の王宮を望んでいた。──しかし、そんな風に呼べるお屋敷ではなかった。シェリアに負けた王には用がないのだろう、きっと。
 応接間では大臣、王子に加えて当主である王様もいた。その顔は、青白い。

「おや、君らが……」
「はい。僕らは魔王からこの国を救おうと考えています」
「そうか。……そんなことで、5万もの犠牲者への償いをする気なのか」
「……そんなのではありません。自分だって犠牲者です。未来を奪われたのですから。──それで、未来を奪った、魔王に報復をしたいのです」

 アランが口を開ける前に話す。アランが怒りでふるえているのはすごく分かっていた。
 その5万の犠牲者の中には、アランを見捨てた家族がいた。アランは最初彼らが死んだのを喜んでいた。しかし、彼らがアランにたくさん遺産を残していたことを知るとアランは泣いた。アランを孤児として施設に預けたわけがアラン自身には理解できたらしい。
 ──そんな家族が蔑ろにされているとアランは思っているのか、もう少しで爆発しそうだ。話題を変えねばまずい。

「大臣、本日はなぜお昼に? 」
「レーナ姫のことだ。魔王は彼女を差し出せと何度も叫んでいるようだ。もちろん、我々は大反対だ。シェリアに聞いたら適当に返事された。だから、君らに頼るしかない」
「セレウディナが王宮の生き残りに声をかけたが、無駄なんだよ。私の大事な家族だから差し出したくはない。しかし、彼らはシェリアに負けた王であるこの私を笑うばかりだ。──王子、落ち着いて」
「私は母上が嫌いだ。王の名を傷つけたばかりかこの国を乗っ取る気なのだ。あの魔王と結託して、王を倒そうとしている」

 余程憎たらしいのか、王の制止も聞かずに立ち上がり、大声で話す。──すると、後ろの扉から小さな女の子が現れた。

「おお、レーナ」
「姫……」
「わたくしの兄はただ一人です。あなたみたいな意気地なしには守ってもらわなくてけっこうですわ」
「……」

 よく見ると、美しい顔立ちのレーナ姫は目を真っ赤にしていた。兄がいなくなって、彼女は王子のことを兄として見たくなかったのだろうか。余程兄の事が大好きなのか。
 正直、あんな無口な根暗のどこがかっこいいのやら……。まあ、家族にしか分からないこともあるのだろう、多分。

「レーナ、お前の兄は──」
「そんな、たわごと……! 」

 レーナ姫は静かに怒る。この状況がずっと続いていたのだろうか。王も大臣もやれやれ、と言った顔だった。
 この状況を改善するというのは簡単なことだ。レーナ姫の亡くなった兄の代わりを名乗っているこの王子を引き離してしまえばいいのだから。

「王子、レーナ姫の年齢を考えて下さい。目をこんなに真っ赤にして……。そこに残酷な言葉を向けるのですか? 」
「でも……それだと、いつまでも」
「王子、あなたはあなたで立場を弁えるべきです」
「そうだ! 俺なんて、お前みたいに裕福な家に生まれてながらとある理由で孤児院にやられたんだぞ! ──それに」
「アラン、抑えろ」

 ここでアランの家柄がバレてしまうのは非常にマズい。この場にいるほとんど全員が激昂することに違いない。
 しかし、誰も気づかずにおとなしくなった。
 ──レーナ姫が、いつの間にか、いなくなったのだ。