神崎美柚のブログ

まあ、日々のことを書きます。

ボーカロイド学園 第2話「不良少女・リンと天才少年・レン」

 翌日。眠気を抑えつつ学校に向かう。足取りは軽い。
 いきなり2人も友達ができた。でも2人は寮生だとかで私と一緒に登校できない。
「ふう・・・。あ、1番か」
 早く来すぎたみたい。なのでカバンから分厚い学園専用・音楽の教科書を取り出して開く。凄い。音楽史がカラーできれいに描かれている。
「おはようございます。・・・ってあらミク」
「あ、おはよう。ハク」
 おどおどとして入ってきたのは弱音ハク。私の友達の1人。
「ネルは?」
「自称・低血圧だからギリギリじゃないかな」
「・・・つまり朝に弱い?」
「そういうこと。あ、教科書見てるんだ。ふふ。珍しいでしょ?」
「うん。こんなに分厚いなんて・・・。結構重いよ」
「宿題が出ない限り置いておくといいよ」
「しゅ、宿題!?」
「うん。当たり前だよ。―あ、ネル来た。おはよ!」
「おはよ~。ふぁ~眠い・・・」
「おはよ。ねえ、放課後どうする?」
「うっ」
 その一言で一気に目が覚めたようでこっちに向かって走ってくる。
「昨日ね、そのリンちゃんの双子の弟に寮生共同食堂で会ったんだけどね、本当に恐ろしいって。リンちゃん、しょっちゅうもめるわ、ガラス割るわで大変過ぎて寮に入れてないとか」
「結構怖いね・・・」
「そうだ!ねえ、ハク。この学園をミクと一緒に探検しない?今の時間なら後輩少ないっしょ」
「まあ、少ないと思うけど・・・。怒られるよ」
「大丈夫だって!さ、行こう!」
「もうネルは勝手なんだから・・・」
 そのまま手をひかれるように私たちは中等部の棟を目指した。

 この学園は幼稚園はさすがに園舎が少し離れているけれど、あとはすべて繋がっている。
 まず初等部。それがある棟は通称A棟。人数が増えた時に備えて、空き教室がたくさんあるのが特徴。現在生徒数・709人。
 次に中等部。それがある棟は通称B棟。学園の中では2番目に生徒が多く、空き教室はない。生徒は現在912人。
 そしてさすがに入れないのがD棟と呼ばれる大学部。昨日、ネルが入ろうとしたらチョークが飛んできたらしい。
 特別教室があるのがE棟。ただ、すべての学年が使うという事もあり、理科室なんかは5つあるとか。
 F棟は生徒会室・部室棟。昨年建て替えたばかりの新しい棟でピカピカ。
「・・・まあ、こんなもんかな」
 グラウンド(広い、広すぎる!)を歩きながらハクがざっと説明してくれる。ふと、紹介されていない建物が目に入った。
「ねえ、あれは?」
「・・・魔の棟と呼ばれる旧校舎よ。ここがまだ高校だったころの・・・ね」
「ハク、言い方気を付けてよ。寒気するから」
「ごめんごめん。はっきり言うと私たちのおばあちゃんとかおじいちゃんが10代の頃使用していた棟よ。まあ、あんまり気にしない方がいいよ」
「うん・・・って痛あっ!」
 何かが飛んできておでこに当たる。それは・・・リコーダー(ヤマハウインドシンセサイザー「WX5」)
「あ、ごめんなさーい!」
「小学生・・・?」
 こちらに向かって走ってくるのはまだあどけない小学生の女の子。彼女が投げたの?・・・いや、ありえない。
「キヨテル先生がよけるからわるいんですよう!」
「ヒイッ!ご、ごめんね」
「あ」
 私たちの目の前に震えながらもうずくまる男性が。これがそのキヨテル先生なの?
「あの子、まさか歌愛ユキちゃん・・・?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も、彼女怒るとリコーダー投げるらしいよ。頭は結構いいのにね」
「ふうん・・・」
「先生!かえりますよう」
「はい・・・」
 げっそりとした顔の先生がこちらを見てペコッと頭を下げる。
「ユキちゃんが迷惑かけてすみませんね・・・」
「あ、いえ大丈夫ですから」
 ふらふらしているけれど、大丈夫なんだろうか?
「そろそろ私たちも戻ろうか」
「うん」

 音楽の授業がとても専門的で魅力的だった。本当素晴らしい。私はピアノとソプラノ歌唱を専攻することにした。
「ネルやハクは何を専攻するの?」
「・・・私は中学に引き続きアルト歌唱」
「私はね、サックス!楽器やってみようかなって思って!」
「へえ・・・」
 音楽の授業が午前中にあり、午後は通常の教科の授業。つまり・・・私の苦手なこと。
「うへえ、5時間目は数学Ⅰ?やだなあ・・・」
「食堂行って食べる?ミクちゃん」
「うん」
 その前の食事は寮の食堂でとることが原則とされている。でも、リンちゃんのような子は立ち入り禁止で購買を利用するようにされている。
「こんにちは、先輩」
「あ、レンくん!隣に座る?」
「ありがとうございます!」
 ちなみに皆が選んだのは私がネギたっぷりパンと唐揚げ、ハクがサンドイッチ、ネルがロコモコ丼。レンくんはなんと月見うどん。
「いや~リンを学校に連れてくるのは大変でしたよ・・・」
「へえ。何であんなにおバカな子をここに?」
「両親が亡くなってからまあ小学生の間は叔母夫妻とその子供4人と暮らしてました。僕らがそこに住み始めて2年間―小学5年までです―は長女さんと次女さんがいたんですけど、大学生になって出て行ってしまいまして。残されたのは叔母夫妻、長男、次男、リン、僕の6人です。もうお分かりでしょう?リンの不良化の原因」
「も、もしかしてその長男さん達って・・・高校生とかで不良?」
「あの、もしかしたら地元で有名な不良・・・かな。次男さんって今、何歳なの?」
「ええっと・・・。高校1年生ですね。更生しましたよ」
そんなのありえない!
 ハクが突然ガタンっと立ち上がる。どうしたんだろう?
「あのね、ミク。ハクはきっと自分をいじめた首謀者を思い出したんだよ。鏡音って苗字じゃなかったけど、弟分と妹分がいたってよく話してたから間違いないね」
「へ、へえ・・・」
「ごめん・・・。結局、リンちゃんはそのバカに唆されて不良へと進んだんでしょう?」
「いえ。あの人たちは一応家にいますが、怒られるようなことをしています。叔母夫妻はしょっちゅう2人で出かけるんでその時リンは自ら『お兄ちゃんカッコイイ!』と言ってたようです。まあ、僕らは近づくと危ないわよ、っておばさんに言われてました」
「ふむふむ。つまり、自分からスイッチを押しに行ったと・・・」
「・・・はあ。気が重くなってきたわ。ネル、ミク、レンくん。先に私は教室に帰るね」
「あ、うん・・・」
 ハクはいつの間に食べ終えたのかサンドイッチのごみを手にして去って行った。

 あの後、授業中ももやもやしたままだった。ハクは私やネルより大人の女性っぽい体つきだから男子が興味を持つのも無理はない。実際、がくぽ大先輩も私たちと会った時、少し驚いた顔をしてハクの胸を見ていた。(メイコ先生の胸見慣れているのにね)・・・胸、小さいままの方がいいのかな、私。
 その時、チャイムが鳴った。
「次は・・・現代社会だね」
「うん。ね、ネル。ハク、大丈夫かな?」
「うん、大丈夫!時々ああやって感情的になるの」
「そっか・・・」
「あー家庭基礎早くやりたいなあ」
「家庭科、好きなの?」
「んーまあ、副教科なら好きだよ」
「へえ・・・」
「ほら、席に着きなさい!」
「うわあ!」
 授業は難なく終わったが、ハクの顔は顔面蒼白って言っていいほど白くなっていた。

 放課後。HRも終わり、私たちはB棟の職員室に向かった。メイコ先生曰く「私よりカイトの方が事情知ってるし」とのこと。
「カイト先生・・・。あの軟弱さはちょっと引いたなあ」
「うんうん」
 すっかり気分がよくなったのか知らないが、ハクは普段通りの顔に戻っていた。
「カイト先生!」
 ガラッと開けると、ホーム○ンバーとスイ○カバーを持ったカイト先生が立っていた。
「先生・・・?」
「あ、もう来たのかい?ちょっと待ってね・・・。もうすぐ食べ終わるから」
 もぐもぐと食べ始め、あっという間に棒だけになった。
「お、当たりだ。メーちゃんにあげようかな」
「先生、案内を早く」
「んもう、早とちりだなネル。そこは変わらないな」
「先生こそ、アイス好きは相変わらずですね」
「・・・」
 中学生のころの担任か何かだったんだろうけど、私は知らないので完全に蚊帳の外。
「さ、行くか」
 職員室から2年生の教室はほど近く、校長先生は移動すべきだとしているとか。確かに、うるさいよね。
「ここだよ・・・ってうわあ!」
 何かが飛んでくる。・・・みかんの皮?
「あー先公いたんだ」
 ミニスカに独自の結び方をしたリボン。中に着ているのは学校指定のシャツではなくどこぞやのブランド品。頭には校則違反とも言える大きなリボンカチューシャが。
 そしてかわいそうなことにカイト先生は頭にさっきのみかんの皮を乗せたまま、ガタガタふるえている。
「けっ!先輩もいるのかよ。なあんだ。弱虫野郎もいるじゃん」
「・・・!」
 使い物にならないことが決定したカイト先生の横でハクが必死にこらえている。今にも泣きそうな顔をしながら。
「そんなことを言わなくてもいいじゃない!あんたなんか・・・!」
「ネル、黙ってて。けりは自分でつけるから」
「ハク・・・?」
 いきなり、ハクはトレードマークともいえる紫の大きなリボンを外した。髪、多い!
「・・・やっぱり兄貴の言ってた山姥じゃん」
「だから何よ。あんな奴らの影響受けて私の髪をからかうなんてばかげてる」
「ふん」
 ハクはいつもより強気だ。いつの間にかカイト先生は教室の外で見守っている。
「確かに、変わってるかもしれないけどさ変哲があってもいいじゃない。これは生まれつきなんだし。邪魔だったらこうすればいい事よ」
 サクッ。誰もが止めることもできず、ハクの髪が落ちるのを見ていた。
「・・・・・・」
 ネルが無言でその髪の毛を拾う。そして、リンに押し付ける。
「せっかくハクが大事にしていた髪を切り落としたんだから、少しは性格変えなさいよ」
「・・・先生を困らせなければいいんでしょ。もうわかったから出て行って」
 成功・・・かな。

「いや~凄いねえ。まさか髪を切り落とすなんて!」
「いいんです。こっちの方が気が楽ですし」
「そうかもね」
 カイト先生は何もしてないくせに、豪快に笑っている。
「あ、そうだ。アイス、いる?」
「いりません」
 私たち3人は息を合わせてそう言った。
「そうか・・・」
 先生は残念そうだったけどね。